夢年齢や不景気を言い訳に、最近あきらめてしまったことはないだろうか?

イラストレーターのミサキさん(36歳)はここ数年、仕事もプライベートもスランプ気味だったと言う。
「“アラフォー”とか“おひとりさま”という言葉が世間に浸透し始めた頃からでしょうか。周りの友人たちも段々と落ち着き始め、親からは『一人で生きて行くなら将来のことを考えなさい』みたいなことを言われ、追いつめられるというか、先の事を考えると不安で眠れなくなったことがありました」と話すミサキさん。

以前は、友人たちから「ミサキさんは常に夢に向かって進んでるよね」と言われるほど多くの夢を抱き、何事にも前向きだったが、最近では夢などという心の余裕もなく、ただ黙々と目の前の仕事をこなす生活になっていたという。そんな時、図書館で出会った1冊の本がミサキさんの心を元の姿に戻してくれたのだ。

「資料を探していた時に、あの『ベルサイユのばら』の著者、池田理代子さんのエッセイ『あきらめない人生』を手にとったんです。池田さんは、今まで積み上げてきた劇画家としてのキャリアに一旦終止符をうち、40代半ばで過酷な受験勉強と実技練習を乗り越え、47歳で見事音大に合格したんですよ。今は声楽家としても活躍されています。あんな有名な方が素晴しいキャリアを捨てて、他の夢を追いかけるってすごくないですか? その時、いつの間にかどこかへ置き忘れてしまった自分の夢と信念を思い出したんです」

それからというもの、ミサキさんは「やってみたいこと」を整理して、“こなす”仕事から“目的のための”仕事へ気持ちを切り替えたという。

ミサキさんのお話をうかがいながら、一人の女性を思い出した。以前勤務していた会社の上司である。現在、アジアンエンターテインメントを応援する“ひとりNPO”として活動している江口洋子さん(50代)だ。彼女のバイタリティには目を見張るものがあり、お話を伺うたびに元気づけられたものだった。

江口さんは、放送局でアジア(特に中華圏)のエンターテインメント情報番組をつくりあげたプロデューサー兼ディレクター。長年勤務した放送局を昨年退職し、現在は台北に語学留学中。記者、カメラマン、ライター、映画コーディネートのサポート、イベントコーディネートで台湾と日本を飛び回る勤労留学生である。

「10年間の番組作りの中で、インタビューの時に挨拶くらいしか自力でコミュニケーションがとれなく、毎回歯がゆい思いをしていました。2007年くらいから、仕事とプライベートがボーダレス状態になり“このままで良いのか”という疑問が沸いてきたんです。それまで漠然と“時間ができたら台湾に語学留学したい”と思っていたことが正比例して膨らんできました」(江口さん)

そうこうするうちに番組が終了し、これは台湾留学へ踏み出す良い機会だと退職を決意。辞意表明から2日後の電撃退職だったという。

「決してあきらめないこと、そして、あせらないこと。“機が熟す”のは、もちろん受け身で待っているだけではなく、そのための準備を少しずつ進めていく地味な作業が必要です。その積み重ねが、いざという時の決断力をつけてくれると思います」と教えてくれた江口さんは、既婚者で二人のお子さんをしっかり育てあげたお母さんでもある。

かくゆう私も前記のミサキさんと同様、将来に対し漠然とした不安が募るばかりで、近年は目の前のことだけを考える生き方をしていた。「今日を生きよう」などという格好良いものではなく、不安なことを意識的に考えないという「逃げ」であった。今回考えさせられたことは、夢を持つことは悪くない、ビジョンを持ちそれに向かって積み重ねていくことは、年齢も不景気も関係ない。信念をあきらめないことが大切だということだ。

そういえば、現在公開中の映画『アデル/ファラオと復活の秘薬』(監督:リュック・ベッソン)の主人公アデルも、信念で不可能を可能にしてしまうあきらめない強攻な女だった。芯が1本通っていると恐いものはない。みなさんも置き忘れてしまった夢があったなら、もう一度拾いにいってみてはいかがだろうか。

参考資料:「あきらめない人生」(海竜社)池田理代子
取材協力:江口洋子の華流エンタメ応援団

この記事の執筆者

堂ナツコ

堂ナツコ

フリーペーパー編集、制作会社勤務を経てライターに。得意分野は大人女子のお話、フランスのお話、サブカルチャー、占い、その他ジャンル問わず取材記事を執筆。
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