「はっきり言って君は彼女に値しない。でも君といる時の彼女は、僕といる時よりずっと輝いていた。彼女がいい女だったのは、君のおかげだ。だから君に感謝する」

女ったらしで寂しがりやで酒とドラッグに頼らなければ何もできないダメ男のデクスター(ジム・スタージェス)を愛し続けたエマ(アン・ハサウェイ)。

23年間、自分の気持ちを伝えることもなく、誰よりも愛しているからこそ、“親友”として側にいることを選んだ。そんなエマの想いを知りながらエマを想い続けたイアン(レイフ・スポール)。エマを“愛し続けた男”が、エマに“愛され続けた男に”贈ったこの言葉。

“イイ男”の常識が、木っ端みじんに吹き飛ばされてしまった。

そもそも“イイ男”の定義とは何なのだろう?
頭も良くて、才能もあって、純粋で、愛情深くて、こんなにいい女であるエマが側にいるのに、その価値にも気付かないデクスターのような男を“イイ男”と呼べるだろうか?

いやいや、ダメでしょう!どこからどう見てもダメ男でしょう!!と言いたくなるが、角度を変えて見たら、実はこのデクスターという男、“イイ男”なのかもしれない。

値する相手の“基準”など、そもそも何なのか分からない。

容姿や学歴や階級や職業や価値観や……
何を基準に、誰の基準で、そういったものは決まるのか?

一つだけはっきりしているのは、“幸せ”の基準は、本人にしか分からないということ。

“値するかどうか”。そんなこと、どうでもいいことなのだ。
自分がその男を愛すことで“輝ける”なら。ダメな男だろうが、値しない男だろうが、相手が自分に何をしてくれなかろうが、相手を愛すだけで“幸せ”を感じ、“いい女”として輝けるのなら、それ以上に幸せなことなどないのだから。

“自分が輝けるかどうか”

自分にとっての“イイ男”を測る、重要なポイントだ。
周りがどう思おうが、その相手がどんなに“値しない”ように見えても、もしくは自分もそう思って悩んでいても、今の自分を見れば答えが分かる。
その相手が、自分にとって“イイ男”なのか、そうでないのか。(安部沙織)



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この記事の執筆者

安部沙織

安部沙織

ニューヨークで映画制作を学び、30本以上の映画製作に参加。帰国後、映画『R246STORY[CLUB246](2008)』で脚本家デビュー。国際的に活躍出来る映画人を目指し、ハリウッドで活躍する田中靖彦氏(脚本分析家)に師事。脚本家・脚本分析家として活動中。オフィシャルサイトは→コチラ