女性の「ちょいイラSNS」はなぜみてしまう?自分のちょっとした日常生活をFacebookやインスタグラムに投稿し、フォロワーに発信する。今やどんな人でも当たり前に行っていることだろう。そんな時人は等身大の日常ではなく、フォロワーに見てほしい自分の姿を無意識に〝盛る〟。それは多かれ少なかれ、誰もがやっているはずだ。

だがそんな「みんなに見てもらいたい私」も度が過ぎると、フォロワーにとって鬱陶しいこともあるだろう。例えば〝独女あるある〟ではこんな声。

「出産してママとなった友達がここぞとばかり〝天使のような娘ちゃん〟〝成長をしたやんちゃな息子くん〟投稿を連発します。幸せオーラがまぶしすぎて、素直に〝いいね!〟が押せません……」

「これからハロウィンやクリスマスになると、ますます〝パーティピーポー〟のリア充投稿が増えるなあと。毎年必ず誰かしらの子どもがパンプキンの仮装している写真をSNSで見ている気がします」

イヤならその人の投稿をミュート(友達からは外さずに投稿だけ非表示にする)する方法もある。だが彼女たちはこう言うのだ。

「見たらイラッとするのがわかっているのに、むしろ積極的に見ちゃうんです(笑)」


■ ちょいイラSNSに惹かれるのは、その人に対する嫉妬や憧れのせい?

これでもかと披露される「素敵な私」の投稿。そういった投稿は敬遠されるかと思いきや、コメント欄をみると妙に盛り上がっていたりする。みんな嫌じゃないの? こんなひねくれた気持ちでいるのは自分だけ?

炎上して批判が殺到する芸能人ブログが膨大なアクセス数を稼ぐように、どうやら人はイラッと来るのをわかっていながら、そういった投稿に惹かれてしまう特性があるようだ。一体なぜに?

その理由について「結局嫉妬しているのかなと思う」と発言するのは独女の香苗さん(35歳)。

「私も幸せいっぱいの芸能人ママタレントのブログを見ては、イラッとする日々を送っています。じゃあ見なきゃいいのはわかっているのですが見てしまう。これは結局その人への憧れなんですよね」

一方同じく「その人がうらやましいからつい見ちゃう」と語るのは、独女の夕子さん(37歳)だ。ただ、香苗さんがうらやましいと思うポイントとはその人の生活ではないという。

「実は私も自己顕示欲が強いほうで、できることなら存分に〝素敵な自分〟を披露したいという気持ちが奥底にあるんです。でもそんなこと恥ずかしくてできない。なのに躊躇なく披露している友人がけっこういて、しかもたくさんの人に『いいね!』されている。そんな友人の人の目を気にしない行動力がうらやましいと思い、そして『またやっているよ……』という意地悪な目線でイライラ投稿をみてしまいます」


■ SNSは誰でも〝なりたい自分〟になれる場所

方向性は違えど、そういった〝ちょいイラ投稿〟をついみてしまう心理を「うらやましさ」と分析する独女たち。では一方そういった投稿をしている本人たちはどう考えているのか? そこで今回はさりげなくその心理について聞いてみることに。

「自撮りを掲載するのが大好き」というユミさん(38歳)はその心理についてこう語る。

「SNSのいいところって、いくらでも〝なりたい自分〟になれるところだと思うんです。自分の写真はもちろん加工するし、SNSだけみれば、相当なリア充になっているはず。もちろん私をよく知る友人から『盛りすぎ(笑)』としょっちゅう突っ込まれますよ。でもこちらとしては、SNSくらい盛らせてよって思うわけです。私の投稿が嫌なら、ミュートしてくれればいいんだし」

確かに誰でもそういったSNSを投稿する権利はあるし、うらやましいのなら自分も投稿すればいいのだ。

だが実際は前述の夕子さんのように「自分も本当はやりたいけど恥ずかしくてできない」というセーブする気持ちが働く人が多いのだろう。だからこそそれが躊躇なくできるちょいイラSNSの投稿者がうらやましく、そして「またやっているわ」という意地悪な目で投稿をチェックしてしまう。その結果その人の投稿はたくさんのアクセス数を稼ぎ、注目をより集めるという仕組みだ。これが「ちょいイラSNS」がにぎわっている理由な気がする。

ちなみに某女性誌の編集者いわく、ヒットする女性誌というのもやはり「読者にちょっとイラっとさせる要素」が必ずあるのだという。つまり投稿にイラッとするのは、まんまとヒットの術中にハマっているだけなのだ。そう考えるとなんだかしてやったりでそれこそイラっとくるが、それが女性という生き物なのだと割り切って諦めるしかない。(橋口まどか

<関連リンク>
「イケメン好き」を公言する女は損か?得か?